【\祝猫「おむつ」卒業/】それは突然でした、、、こんな日が来るとは(泣)

羽生結弦が生んだ金メダル以上の『価値』(2022北京)

羽生結弦が生んだ金メダル以上の『価値』(2022北京)

どうも、ハチです。

 

この記事は、

#認知 #価値

 

についてのはなしです。

 

どっちが見える(思いつく)?

先日、こんなツイートをしました。

羽生選手はメダル以上の価値
このニュースを『悲観的』に見ることはできません。
・「成功ならず」とか
・「努力は報われなかった」とか
・「ノーメダルで終わった」とか。。。
自分の保身(メダル)より、人類のデータとしての価値。
いつかそれに挑む後世の選手は、必ずこの映像を研究するだろう

 

羽生結弦に世界が称賛! 前人未踏の4回転半で「自分との闘い」制し、歴史に名を刻みレジェンドに(引用:ヤフーニュース)

 

少し前の私なら、

間違いなく、

「あー、残念( ノД`)シクシク…」

とか、

「ウソだろー(´・ω`・)エッ?」

って思考停止になっていたのが、

 

最近はこのツイートのように思えるようになりました。

 

どっちが見える(思いつく)か?

思考クセみたいなものがあるようです。

 

本当は、

「どっち(=2択)」どころか、

無数に解釈はあるハズなのに。。。

 

結局は、

#じぶんの中の問題 であり、

#認知 の歪みなんだろうな。

羽生結弦が生んだ金メダル以上の「価値」

自分の保身(メダル)より、人類のデータとしての価値。
いつかそれに挑む後世の選手は、必ずこの映像を研究するだろう

 

・「メダル」は『個人』の価値

・「映像データ」は『人類共通』の価値

 

どっちが大きい?

 

 

まだ誰もなしえてないことに『挑戦』することは、

「悲観」どころか、「奨励」されるべきことです。

 

それが、

どんなに小さく、バカらしく見えることでも、

 

いつ「価値」になるのか、

はたまた、ならないのか、

そんなことは誰にもわかりません。

 

「誰もやったことないことをやる」人を、

うらやんだり、バカにしたり、上げ足を取ったりしない。

 

こんな人が世の中に増えたらいいな。

 

その『価値』も永遠ではなく、、、

4回転半が普通に飛べる選手が現れれば、、、

いつかその『価値』も薄れて、無くなるでしょう。

 

それが理(ことわり)。

悲しくも、ましてや喜ばしくもありません。

 

『価値は変動する』し、

 

だからこそ、

「CHANCEはみんなに平等にある」と思うのです。

 

ただ、それが見えるかどうか、、、

 

 

人間だけが無から価値を創造できる

 

最適解を見つけるのは「AI」、

価値を生み出すのが「人間」。

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