「表」の認知と「裏」の認知

「表」の認知と「裏」の認知

こんにちは、ハチ@夢中です。

 

認知には表と裏があります。

 

たとえば「愚痴」が多い人は、
人やモノのそういった一面を認知します。

 

これがその人の「表の認知」になっています。
これは自動です。反応です。

 

「マイナス思考」ぎみの人は、
同じくそういった面を認知します。

 

これがその人の「表の認知」です。
これも自動で反応です。

 

表があるなら裏もあるのに、

なぜ裏を観ない?観れない?

 

反応だから、観ようと思っても観れないのです。

 

思考癖(クセ)?

よく思考癖(クセ)があると言われます。

悪いことばかり考えてしまう、、、

 

プラス思考に変えるために、
習慣化していれば、そのうち脳の回路がプラス思考になりやすくなる。

 

はたして出来たでしょうか?

 

認知は一瞬で変わる

私は習慣化が難しかったです。

 

習慣化するには長い間意識している必要があります。

 

すぐ結果が出ない(報酬が無い)ので、
習慣化するには忍耐が必要になってきます。

 

これが私には努力であり、
努力には苦痛が伴います。

 

 

ですが、こんな経験があります。

 

引き込まれてしまうような感動的な映画を観た直後。

 

映画館を出て、現実世界に戻ったとき、
映画を観る前とは世界が違って見えたのです。

 

見えたというか、そう感じました。

 

たとえそのとき目の前に嫌な人が嫌な行為をしていたとしても、
許容できたような気がします。

 

心の容量が大きくなったような感じです。

 

認知は感動的な映画を観ることで変わりました。

 

逆に、

あんなに「よーし、これなら絶対上手くいく!」って息巻いていたのに、
家に帰ったとたんに、シュンとなる。

あのときのあの感情は何だったのか?
となるときもあります。

 

認知は瞬間で変わるのです。

 

自分の状況・状態で。

 

「認知」→「選択」→「思考(行動)」の順

思考の前に「認知」→「選択」があります。

 

思考は行動の一部です。

 

思考しているときは、
何もしてないと見えて、自分のエネルギーを費やしています。

 

それが表に出るか、内でグルグル消耗してるかの違いだけで。

 

 

何を思考(行動)するかは、認知によります。

 

その瞬間、認知に上がったものからしか選択できないのです。

 

愚痴が多いのは、そういうことしか認知できないからです。

 

ですが、何を認知するか、自分では選べません。

自動、反応だからです。

 

「よーし、プラス思考するぞ」と思っても、何も思い浮かびません。
(意識したことで、感情に作用し、自分の状態が変わり、多少は見つかるかもしれませんが、、、)

 

根本的に変わらないのは、
自分の状態が「プラスのことを認知する状態」にないからです。

 

映画の例もあるように、
認知は一瞬で変わることがあります。

 

分かり易いのは感情の変化です。

感情の状態で認知が変わります。

 

感情は状態のモニターです。

いつも感情を見張っておきましょう。

 

よく、感謝しましょうとか言いますが、、、

宗教とかでもそうですね。

 

感謝の状態は、認知量が多いとも言えるでしょう。

 

自分の一方的なものの見え方(認知)に加え、
自分以外の人・モノにも苦しみや喜びがあると
気付けるのではないでしょうか。

 

「夢中」は「感謝」の上の抽象度高い状態

喜びも苦しみも全部あって、全部ない。

そこにはそれを観測する自分がいない。

行為しか存在しない。

 

喜びも苦しみも、
「はいはい感情のことだね」くらいにしか認知しない。

 

そんな状態なような気がします。

 

 

そういえば、認知という字には、、、
認知の認には「忍」が入ってますね。

忍んでる状態って、、、

 

何かありそうです。

抽象思考カテゴリの最新記事