【瞑想日記】更新中!

【物理的な認知】と【情報的な認知】~「ゴミ箱シュート」と「階段にやさしく」~ #short

【物理的な認知】と【情報的な認知】~「ゴミ箱シュート」と「階段にやさしく」~ #short

「夢中」のあとは、「感覚」が「繊細」になります。

そういう「繊細なことにピントが合う」ようになるとでもいいますか。

 

たとえば、部屋で、「ゴミ箱シュート」が良く入るようになりますw

 

【物理的な認知】~「ゴミ箱シュート」~

投げようとするゴミの重さを敏感に感じれるようになります。

(丸めたティッシュなんかの軽~いものでも重さの違い、重心なんかも感じてます)

 

また、距離感や、投げる手の軌道なんかにも意識が向くようになります。

 

入ってからゴミ箱の底に当たってバウンドしないように、既にあるゴミをクッションにしようと、狙うこともあります。

 

あと、指先でつまむような小さな豆粒くらいのゴミでも、指先の触れている感覚が敏感になって、離れる瞬間まで重さを感じれるようになります。

(うちではよく猫のカリカリのエサが落ちていますw。)

 

これは「物理的な認知」の例です。

 

と同時に、「情報的な認知」も繊細になります。

 

【情報的な認知】~「階段にやさしく」~

小さなことに気付くようになります。

【#認知の密度】~「気付ける!」って素晴らしい!!

 

私の家は両親が建てた、そんなに新しくない家です。

階段上るとき、きしむ音がします。

 

いつもは何ともなしに上っている階段。

イライラしてるときなど、大きな音をたててるかもしれません。

(そんなことにすら気付かず上っています)

 

でも夢中になった後は違います。

 

「壊れたらお金かかるなぁ」とか、

「この階段の木材はどこから来たのだろう」とか

 

今まで思い付かなかったことにまで、思いが至ることがあります。

 

だからやさしく “お踏み差し上げて” しまいますw

(なんで今そんなこと思ったのだろう?)自分でも不思議です。

 

「思いつく」とはそんなもんで、いつも理由無く突然ですよね。

 

『縁起』で言うと、

「自分」と「階段」との『関係性』が変わったのだと思います。

 

「単なる物体」という認知しかしてなかったのが、

「これがあるから上に上がれる」、

「自分にとって大切なもの」だという「認知」に変わった。

 

自分の「階段に対しての思い」が変わったんだと思います。

【#認知領域】= 今この瞬間の『わたし』。「許容する」「包含する」

 

認知(思い)が変わる=関係性が変わった

「想いの強さ」によって影響を及ぼす「度合」が違う #short

 

物質だろうが、人だろうが、他の生き物だろうが、

すべてはこの世界を構成している一つで、

すべて関係している自分にとって「大事な要素」だと “みなした” ということです。

 

 

「フラット」に世界を観れてるから、

今まで認知に上がってこなかったものまで、

認知してしまうようになったのだと思います。

【#分別】~「比較」・「判断」・「優劣」、、してしまう。。

 

階段をやさしく “お踏み差し上げて” しまったw

 

「夢中」になると、こういう風に、ものに優しく接することが頻繁に起こります。

 

【物理的な認知】と【情報的な認知】はリンクしている

「身体の感覚」が鋭敏になる(【物理的な認知】)のと、

何か些細なことを「思い付い」たり、「想いが至った」りする【情報的な認知】は、

「リンク」しているという実感があります。

 

何に気付くか、思い付くかはわかりません。

それは『縁起』によるもので、自分のコントロール外ですので。

 

そのとき自分にとって関係が近い、密なものを認知するのだと思います。

 

「好きなもの」だろうが、「嫌いなもの」だろうが、

より自分にとって関係が近い、密なものを。

【#利己的】~「自分の問題」だけを解決してればいい。。

 

~ ごあいさつ ~ ハチ@夢中

瞑想やってます。日記書いてます。 ウソかホントか、よく分からない話を読んでくれてありがとう。自分が「認知した世界」を少しづつ書き溜めてます。 (♪素敵なものが欲しいけど あんまり売ってないから 好きな歌を歌う 『JAM』THE YELLOW MONKEY) 自分の頭の中を覗かれるようで恥ずかしいけど、公開します。(後悔しません!) 「ここが違うよ!」「それは分かる」「合ってるよ!」何でもご意見・ご感想頂けると嬉し いです。(難しいことは分かりませんw)