さとった状態【※妄想含む】

さとった状態【※妄想含む】

さとったら、どうなるのか。

妄想するだけで「安心感」が湧いてくる。

なにせ、楽しい。心地良い。

妄想も度を超すと、本物になる。。。

 

本で得た知識と、妄想や期待を織り交ぜながら、集めてみた。

 

いつか答え合わせができたらいいな。。。

 

【さとった人の「こころの在りよう」】

わたしにとって重要なことなど、この世界に一つもない

すべてのことの重要性が薄れ、自分ごとにしないようになると、外界の変化に影響されなくなる。

自分にほんとうに縁のあるものだけをするようになる。

自分ごとにしないのに、自己解決してしまう。

 

「さとりたい!」と求めてるうちは、さとれない。

さとってたら、今在るだけで、“不足はなにもない”のだから。。。

何か情報を得なきゃ、本読まなきゃ、と思っているうちはまだ遠いな。

悟ったときは、「悟る必要がない」と思っているときだ。

 

「すべき」ことなど何一つない

であるがゆえに、「自由」。

何をしても、しなくてもOK。

いざ、やるとなったら身軽。

「結果」すら、どーでもいいのだから。

 

「気分が良い」とは違う

むしろ、何も無い「静けさ」。

「死すら怖くない」という受け入れた感。

「気分が良い」のは、偏った、現実逃避。

「今に居ない」

「無理に笑うのよせ」

認知出来てない側面がたくさんある状態。

 

自分のした行動、思考に、自分で笑えるか?

「後悔」ではなく、「反省」でもなく、

「笑える」か。

 

面白いコンテンツなどない。

面白いと感じる感性があるだけだ

 

【自分がイメージするさとった者】

詳細な文章があるから、人物像がイメージしやすい。

垣根涼介の小説のキャラクター

「考えても仕方がないことは考えるな」アキは言った。

「ためらいが出る。動きが鈍くなるぞ」

「そりゃ、そうだけど……」

なおも辛気臭い二人の様子に、不意にアキは笑った。

「おい、おい。何をいまさら。どうせおれたちは死ぬんだぜ」

その言葉に、二人は仰天する。

『ヒートアイランド』より

 

宮本武蔵

宮本武蔵の残したことばの数々を見てると、どうしても”さとり”の境地を言ってるようにしか思えないのだが…

宮本武蔵の名言から「さとり」の境地を観た!(→別でまとめ

 

【さとった人の『時間(過去・今・未来)』】

これだけはマジで言える!

”今この瞬間”に「問題」は無い、「苦しみ」も無い

未来や過去『時間』があるときにだけ発生するもの

”キリトリ写真”のように生きるのだ

 

全部包含した一瞬

「そういう場合も、そういう場合もあるねぇ、、、」

全部分かって、今オレはここを選択してるんだよ。

 

最終的には、過去も未来も全部分かって(包含して)、今に在る

そんな感じなのかな?

 

 

過去・未来が消えるというよりも…

相対的に、今この一瞬と比べて小さくなる

何が?、、、重要度が。

 

【さとった人の「わたし」】

同じものを、少し上から、景色を眺める感じ

 

自分の問題だと、何が問題か分かる

 

【さとった人の外からの見え方「在りよう」】

仏像のような表情

「無理に笑うのよせ」

 

頑張らない生き方(在り方)

 

自在に「悟ってるとき」と「悟っていないとき」を行ったり来たりする

エントロピー増大の法則

なるたけ、散らかり始めに気付いて「悟ってるとき」に戻る

 

さとり(動物的)↔非意識的(人間的)

自在に交互を行き来する。

 

動物的

こっちがデフォルト

 

ほんとうの「わたし」が奥に居る

反応してるわたしに気づいて、思い付いた選択肢の中から、本当のわたしが選ぶ

このときの「わたし」は違うわたし

前者は、「食えなんだら 食うな」の著者がいう、青虫

 

認知が繊細でありながら、びくつかない

反応しない

絶対に触れることができない、「大いなる存在」が本当の自分と分かっている

 

【さとりは「一瞬?」】

薄れゆく「さとりの実感」

これも「限界効用逓減の法則」なのか?

飽きたら、ずらす?

また新しい本?

いや、これではどうしようもない、、、

暴飲暴食やエロを貪ったり、睡眠不足のせいで、積み上げたものが一瞬で崩れ去ってしまったのか。

さとりは一瞬のことで、毎瞬、意識的でいなきゃならないのでは?

 

【『超シンプルなさとり方』より】

幸福などは薄っぺらなもの

「大いなる存在」と繋がっていることと比べたら、

「これに比べれば幸福などはとても薄っぺらなものです。

『超シンプルなさとり方』より

 

意識は鋭敏

自我は暴走しだすと止まらない。

「意識が鋭敏であると同時に、考えごとをしていない」という、「無心の状態」になれます。

『超シンプルなさとり方』より

認知が繊細だということ。

早く気付けるということ。

 

生きるも死ぬも問題ではない

「…いかに生きることと死ぬことを問題にしないで生きられるか…」

『超シンプルなさとり方』より

 

”さとり”を妄想してると自分に起こること

妄想も度を超すと、本物になる。。。

きっと。

 

妄想してるときに、自分自身に確実に変化が起きている。

安心感だったり、それを超えた充実感だったり、、、

 

その状態って、”さとった状態”なのでは?

疑似でもなんでもいい。

一瞬だろうと、二瞬だろうと。

 

その状態で在る時間を多くする。

頻度を増やす。

と、ホンモノになるのではないか。。。

 

妄想終わり。

 

ただいま『夢中で在りたい』コンテンツを作成中。

どうすれば「夢中で在れるか?」、そんな観点から書いてます。 日々、内容を充実させてます。 頭に「#」タグが付いてる記事がそれです。 (自分が到達できなくても、誰かのヒント…いや、ネタの一つにでもなったら嬉しい。。)