ソーセージマフィンに勝った朝。どん兵衛に負けた夜。

ソーセージマフィンに勝った朝。どん兵衛に負けた夜。

朝、Twitterを開くとトレンドに「ソーセージエッグマフィン」の文字が!

思わずタップしてみると…

欲求が起こる。

(しかし「エッグ」は要らない派。)

 

しかし、お腹は空いてない。

それもそのはず、昨日の夜、「どん兵衛きつねうどん・他」を食べてしまったのだから。

 

意識を身体に向けてみた。

なんなら、「胃もたれ」以上、「腹痛」未満ぽい。

胃もたれ ≦ 今、お腹の具合 ≧ 腹痛

 

これは「脳の欲求」だと気付く。

「身体(お腹)の欲求」とは別なんだ。

 

これ大事!

独立して働いている。脳が全部を統率しているのではない。

 

身体優先。

「脳の快」は一瞬で終わる。

持続性なし

身体や他に、悪影響を及ぼす

ぶり返し?

もっともっとが発動したら止まらない…

 

「身体の快」は持続性あり。

穏やかで気付きにくいが、

多方面に良い影響を及ぼすことは分かっている。

 

頭では分かっている(理解している)けど、それができない(止められない)。

欲求が大きくならないうちに、無限小の段階で気付くことが大事。

 

頭側に在るか、身体側に在るかの選択。

意識はどれか一つしか ”在れ” ない?!

 

「頭(思考)」・「身体」の他、

「感情」や「感覚」など、

さらには『自分』の外の「現象」など、、、

 

脳の欲求は受け流す。

決して抵抗してはいけない。

ただ見てるだけ。

「あー脳の欲求あるなぁ」くらいに。

これも「観想」なのか?

 

コツは自分が止まること。

「わたし」が動いていたら、気付けるものも気付けない。

対象も動いているのだから。

 

止まっていたから、「身体に意識を向けてみよう」と思った。

 

「わたし」が止まっていなかったら、

即、「食べたい。マック行こう!」へ直行。

脳の欲求に従っていた。

 

「止まる≒気付ける」だな。

 

Q.なぜ「どん兵衛」のとき気付けなかったか…

A.そこに「どん兵衛」があったから…

 

Q.「なぜ山に登る」

A.「そこに山があったから」

…みたいに言うな!

 

P.S

ほんとうに少しづつ少しづつ気付けるようになったり、ならなかったりを繰り返していくんだな。

ようし、変わってきてるぞ!

 

今回はここまで。した。

ただいま『夢中で在りたい』コンテンツを作成中。

どうすれば「夢中で在れるか?」、そんな観点から書いてます。 日々、内容を充実させてます。 頭に「#」タグが付いてる記事がそれです。 (自分が到達できなくても、誰かのヒント…いや、ネタの一つにでもなったら嬉しい。。)