「『educate(教育する)』の語源、知ってる?」~ほんとうの欲求で生きないと、そりゃしんどいわな。

「『educate(教育する)』の語源、知ってる?」~ほんとうの欲求で生きないと、そりゃしんどいわな。

予備校の人気講師は、たまに小話を挟む。

それがピンポイントにモチベーションを刺激してくれる。

 

もう何十年も前のことだが、一つ、こんなエピソードを思い出した。

「『educate』の語源、知ってる?」

『e』:「外へ」

『ducate』:「引き出す」

「つまり、中から外へ、なんだ」

「日本語で『教育』っていうと、なんか「外から教えて、与える」みたいで、なんか好きじゃない、、、」

「何が言いたいかっていうと、お前らの方から『知りたい』と思わなかったら、いくらオレが「こうこうこうだよ」って外から与えても、教育なんてできないんだ。」

、、、

「人は、『中にあるもの』でしか戦えないんだ。気持ちが疲れ出したらヤバイよ。一回捨ててみ、怖いかもしれないけど。。。」

○○ゼミナール 講師

一字一句は覚えてないが、大方の内容はこんな感じだったと思う。

 

「中から外へ」、、、「中」とは?

このとき、自分の「中」にあるものは何だったのだろう?

一般的には、「いい大学に入って、いい会社に、…」的な。

(個人的には大した欲もなく、なんとなく流されて、こうなったらいいなぁくらいだったと思うが…)

 

ごく「打算的」な、頭で考えた「欲」。

 

最近思うのは、”この程度の”「欲」でずっと生きるのは、「案外しんどいなぁ」と思うのだ。

「ほんとうの欲求」で生きてるのかって話。

「ほんとうの欲求」ってなんだ?

 

自分の経験を話しても、たぶん分かりにくいので最後に書くとして、まずはこの動画↓を見てもらうのが良いかと…

 

「♪ド・ド・ド・…ドを引き続けんねん。ずーと。一日中、あるいは一週間やで」

二人の対談は、「知性と行動力の源泉」について話してる。

(二人が誰であるかは、先入観を持ってしまうので、知らずに、話の内容にこそ注目して欲しい)

 

その中で、私が「!」ときた部分だけ、抜粋してかいつまむと、、、

(全編、興味深いので見てね。世代や立場が違っても、ざっくばらんな会話が、観ていて気持ちいい。)

※ 左の人が「世界に誇る武道研究家」以降、≪武≫と表する。

12’04″ 「ダンス」をする人について、、、

一般的に「ダンスしてる人」はダンス ”しか” しない。「武道する人」は武道 ”しか” やらない、、、

≪武≫「僕流の言い方で言えば、、、ダンスを好きじゃない」

「好きというレベルになってない」

「好きだったらもっと(ダンス以外のことも)考えるやろ」

≪武≫は武道の「(より)効く『突き』」を考えるのに、ラグビー・アメフト、前脚と後ろ脚の役割、宇宙飛行士・重力、、、好きなら、あらゆることに興味をもって(しまう?)。。。

≪武≫は、他でこんなことも言っていた。

「勉強は興味が無いからしなかった。しないから出来なかった」

(なのにこんなに「知性」を感じるのは何なのだ?「知性」とは何なのだ?という趣旨の対談だというふうに理解した。)

 

12’29″ 話は進んで、内容が「ダンスの起源」について、、、

おそらくダンスの起源は、火山かなんかが起こって、それを初めて見た人類が、「うぉおぉおぉわぁあ!」ってなったと想像する。

そこで感動して、歌かダンスか、なんか生まれた。

≪武≫「感情がなんかした」

 

↓そして、いよいよ話は本題の「ほんとうの『欲求』」に関する部分へと↓

13’54″ 「音楽」を形作っているもの、、、

たとえば「即興」、、、

≪武≫「♪ド・ド・ド・…ドを引き続けんねん。ずーと。一日中、あるいは一週間やで」

(そうすると、)

≪武≫「Dへ行きたいか、Cへ下がりたいか、、、その『欲求』が生まれてくるまで、そうすんねん。

≪武≫「ほんなら、次へいくねん。次へいったときに、その次へいく欲求が生まれてんねん、もうすでに」

≪武≫「『欲求』が「音楽」を形作ってるのであって、ドレミファソラシドが形作ってるのではないねん」

 

ほんとうの欲求を感じる前に動いてないか?

欲求が小さいから、そこまでして知ろうと思わない。しないから身に付かない。

心の底からしたいことをしてると、きっと喜びも大きいのだ。

 

どうすればほんとうの欲求に出会えるのか、そのヒントがこれなんじゃないか。

≪武≫「お腹が空くまで食べるな」

 

ライオン

ライオンは寝てることがほとんど。うちの猫見てたら、アフリカ行かなくても、動物園いかなくても分かる。

ほんとうにお腹が空いたときだけ狩りをする。

 

本当に必要だから食べるのか、美味しいを感じたいから食べるのか。

前者は「生存欲求」。後者は「脳の欲求」

 

ライオンは後者はしない。料理をしないし。できないからしないのではない。”欲求がない” からしないのだ。

 

お腹が減るのを感じるまで食べない。

”感じてない” のに食べてないか、って話。

 

「吸いたい欲求」(私の体験)

最後に私事で恐縮ですが…

「吸いたい欲求」の体験

 

 

吸えるんならもっと吸いたい

吸ってるときの、あのスーッとした清涼感を感じていたい

この欲求を感じたときに、「コレだ!」これを感じていたい、と思った。

この経験で感じたのは、欲には身体の機能としての吸いたいではなくて、もっと奥にある欲求
「生きる(たい)」とは逆行、いや、超越した欲求が人間にはある、と思った。

なぜなら、生きたいなら「吐く(きたい)」はず。

なのに「吸いたい」という強い欲求を、ハッキリと感じる。

 

ごく利己的な欲求

「人を愛する」「誰かの役に立ちたい」よりももっと根源的な、ごく利己的な欲求。

 

この記事は、一部「真実」が含まれます。参照にさせてもらったものがそれです。あとのは「妄想」「ひとり言」の類です、、、

 

p.s

ちなみに、逆はどうかと、、、「吐く」をやってみた、、、
苦しすぎて止めた…

 

p.p.s

16時間断食を始めました。

科学的に、オートファジーがどうとか、、、エネルギーが排出に向かうとか、、、

 

そんなんよりも、「空腹」に気付く、認知する、こっちの方が重要なんじゃないか。

 

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