「ミニマリスト」は “なる” ものではなく、”なってしまう” もの

「ミニマリスト」は “なる” ものではなく、”なってしまう” もの

「ミニマリスト」ではないけれども、、、

モノを捨てるからなるのではない。

今に「不足はない」「満ち足りている」

この『在り方』でいるから、モノの重要性が薄れて、不要になるのだ。

 

モノを捨てるんじゃなくて、認知を捨てる

認知は、思考・感情・感覚、、、すべて。

「今は要らない」と。

 

この「身」一つあれば、、、

なんなら「身」すら要らない。

 

、、、「要らない」は言い過ぎた。

でも、過剰に「健康」や「生き死に」に重要度を置き過ぎると、「不自由」になってしまう。

 

「必要」と「不要」の引っ張り合ってる『拮抗点』を探る。

状況によっては、「自在」に行き来できる柔軟性が欲しい。

 

掃除が億劫で進まないのは、、、

不要物を「不要」だと ”認知していない”

「脳」がゴミを ”無視している” 。

不要だと分かった瞬間、ストレスなく片付け始める。

 

カゴ一つあると便利(必要なモノは手元に集約)

100均で買った「カゴ」。

部屋の中のちょっとした移動や、家の中の移動も、「一つ」手頃サイズの「カゴ」があると便利。

手元に持っておきたいのは、スマホだけではないのだ。


 

ただいま『夢中で在りたい』コンテンツを作成中。

どうすれば「夢中で在れるか?」、そんな観点から書いてます。 日々、内容を充実させてます。 頭に「#」タグが付いてる記事がそれです。 (自分が到達できなくても、誰かのヒント…いや、ネタの一つにでもなったら嬉しい。。)